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  <title type="text">Bete Noire</title>
  <subtitle type="html">長尾沙紀のブログです</subtitle>
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  <updated>2010-05-16T14:59:47+09:00</updated>
  <author><name>長尾 沙紀</name></author>
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    <published>2017-03-29T03:08:42+09:00</published> 
    <updated>2017-03-29T03:08:42+09:00</updated> 
    <category term="映画" label="映画" />
    <title>貪欲もしくは自由</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[<br />
とても久しぶりにこちらのブログをかきます<br />
<br />
今日、ディ○二ー映画の「モア○と伝説の海」という<br />
作品を観てきました<br />
<br />
正直、デ○ズニー映画が好き！というタイプでもないので<br />
今回あたかもマッドマッ○スのようなアクション映画で<br />
あると聞き、そんなら見に行くか～って感じだったのですが<br />
<br />
まずよくわからないOPムービーで、いまどきいない<br />
キーパンチャーのお兄さんの話を見せられて（しかも長い）<br />
&hellip;レトロアニメのつもりなんでしょうかね&hellip;ホワイト<br />
カラーでありながら、あんなキーパンチャーみたいな<br />
仕事今時無いでしょう、たぶん<br />
１９６０年代みたいな感じ？<br />
そして、ステレオタイプな人間の楽しみや幸福はこういう<br />
ことだよ！<br />
みたいなオチ<br />
<br />
なんだろうな&hellip;やっぱり高校生になったらチアリーダーと<br />
デートしなかったら負け組的ななんかもう&hellip;ハンコで<br />
押したみたいなわかりやすい内容<br />
未だアメリカってそんな国なんでしょうか<br />
<br />
というか、この時間要らないだろうと観てて思って<br />
しまいました<br />
わかったよ本編早く始めろやみたいな<br />
<br />
で、本編<br />
<br />
正直、あれまって感じでした<br />
<br />
まるで<br />
「スタジオジブ○の宮○駿作品をディズ○ーで作りました」<br />
という印象を受けました<br />
つうか「風の谷のナウ○カ＋も○のけ姫」の汎用作品<br />
こう描いちゃったらまさしく「そのまんま」ですけどｗ<br />
<br />
村の長の娘が優しく強く育って、滅び行く世界を、揺るがぬ<br />
信念を貫いて救う<br />
目新しいこととかは何も無いです<br />
うん<br />
<br />
でも私が驚いたのはそこではなく<br />
<br />
この間までディズニーというと「ア○と雪の女王」で<br />
女の子の表現があまりに「ステレオタイプ」で<br />
ただただ驚かされました<br />
（ティーンの女の子は、恋に憧れてて、明るくノリが<br />
いいけど、なにしろ短慮（ポイント）で落ち込むと<br />
めんどくさい&hellip;）<br />
女の子相手に商売してるディ○ニーさんが、こんな風に<br />
女の子のこと表現してたら「馬鹿にするな」と、どっか<br />
の団体からクレームとかこないのかなとか思ったりして<br />
まあアナ雪の場合は<br />
主人公姉妹が似てないようで実はホントにそっくり姉妹で<br />
こいつら立場が逆でもおんなじことやったんだろうな<br />
って感じさせられて<br />
一種そういうキャラ作りは上手いよなって<br />
そこは関心したんですけれど<br />
（単純にゆるがぬ「女子キャラ像」が存在するだけかも？）<br />
<br />
話し戻って<br />
<br />
そんなディズ○ーさんが突如<br />
「女の子の正統派アクションヒロイン」<br />
を描いたことにビックリ<br />
<br />
いままで「女の子は所詮恋がしたいんだろ？」みたいな<br />
変なマッチョイズムがあったのが、今回、手のひらを<br />
返したように<br />
<br />
人は良いけど凝り固まった頭しか持ってない「村」から<br />
「変人といわれてる賢者のおばあちゃん」の力をかりて<br />
「彼女の愛する自然とともに」「皆を救う」「冒険へと旅立ち」<br />
「困難を相棒と乗り越え」「その捨て身ともとれる愛と勇気に<br />
荒れ狂う自然も元の姿に戻り」「世界を救う」<br />
<br />
<br />
&hellip;なんですかコレ<br />
スゴイな、どうした一体<br />
まさしく○ヤオアニメではないですか<br />
<br />
新しいことはなにもないですが、デ○ズニーが<br />
この必勝パターンを臆面もなく作ってしまうことに<br />
驚きました<br />
まあ昔から結構受けるものは別にこだわりなく<br />
作っていらっしゃったところがありましたが<br />
<br />
日本のアニメが「あ～だこ～だ」とやってるうちに<br />
ディズ○ーさんがしれっと、この必勝パターンの<br />
作品を普通の顔して出してきたことに驚かされます<br />
この人たち、なんて貪欲なんだろうと<br />
<br />
作品作りにあんまりポリシーみたいなものがない<br />
というか、組織がデカイってことなのかもしれ<br />
ませんけれど、変わり身の早さというか<br />
己の無さというか、そういうものに<br />
<br />
ただただ驚きました<br />
<br />
そして同時に「いや、負けてられない」とも思い<br />
ました<br />
<br />
<br />
スケールはぜんぜん違いますが、やっぱりなんかを<br />
表現したい気持ちがある以上、がんばらねばと<br />
思いました<br />
なんだろう、物語を作るってことに対して、心を<br />
新たにさせられました...<br />
<br />
話変わって、今回の○アナはもう、これ、このまま<br />
アトラクションに出来ますね<br />
建設費があったら、USJのハリーポッ○ーみたいなの<br />
作ったらそのまま楽しいのが作れそうだわ&hellip;<br />
そこまで見越して作ったんじゃないかな<br />
だとしたらたしかに凄いわ<br />
<br />
まあそんなわけで、なんかいろいろ学ばされて<br />
考えさせられました<br />
<br />
学びは大事ですよね<br />
<br />
ご清聴感謝いたします<br />
<br />
]]> 
    </content>
    <author>
            <name>長尾 沙紀</name>
        </author>
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    <id>betenoirenote.blog.shinobi.jp://entry/101</id>
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    <published>2014-07-22T02:59:26+09:00</published> 
    <updated>2014-07-22T02:59:26+09:00</updated> 
    <category term="物語をかくにあたって" label="物語をかくにあたって" />
    <title>怒られない育てられ方</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[先日、某有名スタジオの当時の某新人監督が手がけた某女の子の小人が主人公のアニメ映画が地上波で流れ<br />
私は見たことがなかったので、これを機会と見てみました<br />
うわ、なんだこれ、弱すぎる<br />
でもまだ壮大すぎてばらけてしまった某有名監督の某息子のアニメ映画よりはマシなのか？<br />
同じようには比べられませんので、どちらがどうともいえませんけれど、もしかしたら壮大な世界に果敢に挑戦した方が、ある意味よいのかもしれません<br />
<br />
それはさておき、どうやら原作にあるいろいろ大事だった情報を、監督さんはカットしてしまった様子<br />
まあ、なのであの映画の出来がよろしくないと感じたとしたら、それは単純に監督さんのせいだと思われます<br />
<br />
個人的に、この映画、何が言いたいのかよくわからないな&hellip;（解らないわけではないけれど、弱すぎるよな）と思い、いろいろ思考をめぐらせた結果、私はこの作品のなかにある弱いところだらけの中にただひとつ、揺るがないポイントはここなのではないかと思う部分を感じまして、ここに書いてみようと思うにいたりました<br />
<br />
それは主人公も、もうひとりの主人公の男の子もたぶん「怒られないで育てられた子達」なんじゃないかということ<br />
<br />
主人公は滅びゆく種族の子供で、男の子は心臓に疾患を抱えていて、走るのもやっとくらいの病身<br />
彼らはとても「浅はか」なのです<br />
その浅はかさが、ちょっと、なんというか、個性とか若さゆえ以上の何かを私に感じさせました<br />
そこで考え付いたのが「たぶん彼らはなんだかんだいって、立場的に、周りの大人達が思いっきり怒ったりできないままに育ってきてしまったのではないだろうか」ということだったのです<br />
<br />
怒られて育ってこなかった彼らは、回りが大人ばかりだったせいもあって、どことなく聞き分けのいい子でありつつも、先人である大人の言うことを実際はなにも聞いていません<br />
だからろくな選択をしない<br />
でも、自分に自信があるのか躊躇わず、自分の思うままに行動する<br />
そして結果、いろいろたくさんのことをやらかしてしまったとしても、別にそれは自分のせいではないと考える<br />
なんてポジティブ<br />
多少非難されたとしても反省心のない「ごめんなさい」の一言で終了<br />
<br />
これをもし、監督さんが意識的にそうしていたとしたなら、この監督さんは案外ストーリーテラーとしての手腕があるかもしれませんが<br />
もしそうでないとしたら<br />
<br />
もしこれが、監督さん本人がそんな人だから、無意識のうちにこういう主人公達を揺るがないキャラ設定でもって表現してしまったとしたら<br />
<br />
ここの某スタジオは某偉大な監督を二人抱え、後継者不足で悩んでいらっしゃるようです<br />
アニメータとして、この若い監督さんは大変才能があるらしいと、記事で読みました<br />
某スタジオにいつづける（力がある人は辞めてしまうでしょうから）人の中で、後継者に育ちそうな一人を、巨匠たちはどう育てたのでしょうか<br />
たぶん巨匠たちはこの人を怒ったりはしてこなかったんではないでしょうか<br />
それこそ、大事な、後継者ですから<br />
とは言葉ばかりで、巨匠たちは別に後進の心配なんてしてないような気もしますけれど（笑）<br />
プロデューサもみんな、お前の好きなようにしたらいいといいつつ、怒られないまま放任されていたとしたら<br />
<br />
そして、その部分を横においても、物語を作るうえで、なにか強いものをきっちり出せないのは、エンターテイメントとしても、作品としても、いいものができるようには到底思えません<br />
特にあそこ、某スタジオのあの毒気のない絵は、「毒のある内容を中和するための絵」なのですから<br />
あんな牧歌的な絵で牧歌的内容をやっても意味がないですよね<br />
だからこその童話のような毒のある作品を作った方がよいわけで<br />
<br />
まあ、そんなわけで<br />
もともとそのアニメ映画が放映されたのも、その若手監督が新作を作ったからなので、その新作映画の出来がもし、私の杞憂など微塵にも感じさせない作品であったなら、ここに書いたことはただの私の取り越し苦労だったということで、めでたしめでたしとなるのかもしれません<br />
<br />
]]> 
    </content>
    <author>
            <name>長尾 沙紀</name>
        </author>
  </entry>
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    <id>betenoirenote.blog.shinobi.jp://entry/100</id>
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    <published>2014-05-13T21:34:32+09:00</published> 
    <updated>2014-05-13T21:34:32+09:00</updated> 
    <category term="日々徒然…" label="日々徒然…" />
    <title>相対的であることが絶対的</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[<br />
今日、ちょっとした勉強会に行きまして、界面活性剤のお話を聞いていて思いました<br />
汚れが落ちるのではなく、汚れが布以上に吸着しやすいものに移行することによって汚れをはがすという話は以前、TVで見ていましたが、世の中、そういうものはたくさんあるらしいということをしりました<br />
<br />
浸透させるというのは、浸透しにくいものに安定的にそれを保持させて、なじみやすいものに触れたときに移行させやすくするとか<br />
<br />
汚れが落ちるというのは、布側から見たお話でしかないのだということに気づかされました<br />
<br />
はあ、なるほどなと<br />
<br />
世の中にあるものは単独でものが存在してる場合ということがなく、なんでも相対的にものが存在してるということなのですよね<br />
<br />
いやはや、そういうことなんだなと<br />
<br />
そんな部分にも相対的であることが活きてるのだなあ<br />
<br />
面白いですね<br />
<br />
ああ、そうか重力もそうでしたね<br />
重いほうが重力を出して引っ張ってるんでしたね<br />
軽いほうにもちゃんと重力は働いてる<br />
<br />
そしてすべてがそんな感じなんですね<br />
<br />
なるほどなあ<br />
<br />
<br />
<br />
]]> 
    </content>
    <author>
            <name>長尾 沙紀</name>
        </author>
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    <id>betenoirenote.blog.shinobi.jp://entry/98</id>
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    <published>2014-04-20T20:39:29+09:00</published> 
    <updated>2014-04-20T20:39:29+09:00</updated> 
    <category term="日々徒然…" label="日々徒然…" />
    <title>見て来ました</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[<br />
近場にとあるアニメの施設ができまして<br />
そこにアニメ製作会社マッドハウスさんの直営ショップができたということで、見てまいりました<br />
マッドハウスさんのイメージは私にはアニメーター川尻さんの劇画調のアニメ&hellip;はてさて直営ショップとは一体何をするためのものなのかしらと、興味はあったのですが、なかなか行く機会もなく&hellip;先日、やっと見てまいりました<br />
そしたらショップが少しで、展示がメインだったんです<br />
展示は、グッズを1000円以上購入するか、アニメセットというアニメの製作用紙のセットを５４０円で購入すると見ることができます<br />
？なにが展示してあるの？？と思ったら、お店のお兄さんいわくの売りは、今やってるらしい、野球マンガ（〇〇〇のエース&hellip;腐女子に人気？？）と、あとは川尻さんのちょっとむかしの（&larr;ポイントらしい）オリジナルアニメ、獣兵衛忍法帖だかというものの原画やコンテ、動画展示です<br />
というお話<br />
<br />
&hellip;？<br />
ちょっとピンとは来ませんでしたが、まあとりあえず見てみようと５４０円でアニメセットを購入して入ってみました<br />
<br />
そうしたら謎が解けました<br />
マッドハウスさんもヒット作としてのオリジナルアニメーションをもっていない製作会社で、その川尻さん製作の獣兵衛忍法帖はもともと９３年に製作されたオリジナル作品だそうで、それをもう一回新たに作ることにしたと<br />
出来栄えすばらしい脚本もあり、今はコンテを切り始めているところだそうで<br />
ところが、アメリカではどうやら人気らしい川尻アニメも、日本では製作に出資してくれる肝心のパートナーがいない<br />
<br />
それをなんとか捜せないかという展示だったのでした<br />
<br />
それを皆さんに見てもらうための、客を呼ぶための、今やってるアニメの展示をプラスして行ってると<br />
でもそのアニメは版権がマッドハウスにあるわけではないので、簡単な展示しかできないし、関連グッズ等を作ったとしても手続き等が大変な割に旨みなんてほとんどない仕事になってしまう（この点、同人は好きだというだけで少しのお金とはいえ、稼げていいですね&hellip;って同人は稼ぐためのもんではないですけれど）そこでマッドハウスさんが考えたのがその展示メインのショップだったわけです<br />
<br />
はあ、なるほど&hellip;&hellip;<br />
<br />
なんかしみじみさせられました<br />
<br />
某ボンズさんの劇場版オリジナルアニメ、ストレンヂアは、ハガレンの節税対策から作ることができたというお話でしたけど、どこのアニメ製作会社も、オリジナルアニメでのヒット作をなんとか生み出したいと考えているのですね<br />
今現在、きっとオリジナルアニメで興行的に成功できてるのってジブリくらい？<br />
まあこれだって日〇レさんの宣伝あってこそ<br />
だからあれだけ日テ〇さんも、資金を回収するために宣伝するのでしょう<br />
ストレンヂアはとても出来がよいアニメです<br />
あれはみんなに見て欲しい<br />
だけど、結局世間はジブリのようなネームバリューがあって初めて評価対象にするということで、折角の出来のいいオリジナルアニメも、製作会社が一生懸命、イベントとかを開いた時に上映するくらいしかできない<br />
どんなに出来が良くても、興行的に成功できるかは別問題なわけです<br />
さらに言ってしまったら、節税対策くらいに儲からない限り、潤沢な製作資金をアニメ製作会社が手に入れる機会もあまりないということなんでしょうね<br />
<br />
アニメはたくさんのスタッフが関わって作るもの<br />
お金がかかります<br />
いろいろ大変なんだな&hellip;<br />
<br />
萌えアニメもいいですが、こういう、もともとのアニメ作家の人達が「これを作りたい！」と作った作品こそ、ジャパニメーションってヤツなんでしょうから<br />
なんとか、まあ、見る側も、そういうイイアニメも見るようにしたらいいのではないかと&hellip;<br />
<br />
というか、そういう意味ではアニメも芸術なのでしょうね<br />
どんなに素晴らしくても、なかなか一般の人には価値を見出していただけない<br />
<br />
<br />
でも久々にその川尻さんの絵を見ていて、なんとなく最近どんな絵を描くかと迷いを感じていた自分も、「ああこういうのイイかも」と思いました<br />
やはり男の人の描く男は、あざとさがなくて、色気がありますよね<br />
憧れます<br />
そういう絵がやっぱり好きだな<br />
頑張ろうと思いました<br />
<br />
<br />
<br />
]]> 
    </content>
    <author>
            <name>長尾 沙紀</name>
        </author>
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    <id>betenoirenote.blog.shinobi.jp://entry/97</id>
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    <published>2014-02-25T23:48:33+09:00</published> 
    <updated>2014-02-25T23:48:33+09:00</updated> 
    <category term="物語をかくにあたって" label="物語をかくにあたって" />
    <title>奇跡というドラマ</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[<br />
先日、耳の聞えないクラッシック作曲家が実は作曲してない、しかも耳も聞えるという事実が発覚して、騒ぎになりましたが、これ、どこかで聞いたことがあるような<br />
はるか昔、某新興宗教家がこんな感じだったように記憶しております<br />
そこでふと思いを巡らせて見ると、もしかして、日本人ってそういう「奇跡の人」に弱いのではないかと思いました<br />
実際、そうなら本当に素晴らしいのですが、基本的に「そういう人がいて欲しい」という夢をまず持っていて、それに当てはまる人が現れたときに案外と素直に信じ込んでしまうのではないかと&hellip;<br />
<br />
某、宗教家も、これまたヨガ体験というのはとても歴史があって、実のところ「こういう修業を行うとこういう体験ができる」というのがすでにわかっているそうで、それを宗教家が独自に見ることのできる予言であると思ってしまった人たちが素直にそれを信じて熱心な信者になっていたとかなんとか<br />
<br />
人は常にそういう奇跡を求めてるっていうことなのかもしれません<br />
<br />
ですが、めったに起らないからこそ、奇跡であるともいえます<br />
<br />
そしてよく考えたら、起こり得ないことが起るというのが奇跡だとしたら、それも起りえないという固定観念が生み出したものだとも考えられます<br />
固定観念ありきの奇跡は、本当の奇跡ではない、概念的な奇跡ということでしょうか<br />
思い込みさえなければ、稀に起ったことなのかもしれません<br />
<br />
予言も、自分が想像できてないだけで、案外とただ起るべくして起きたってだけの話で、自分だけが「これは予言が当ったんだ！」とか思ってる可能性もあるということですね<br />
<br />
それもこれも人は日常を越えたそういう特殊性を、自分の内部にも、自分の周囲にも、求めてしまう傾向があるのだということでしょうか<br />
<br />
ドラマチックさというか<br />
<br />
そして逆に<br />
そういう部分を抜いた、短絡的でない部分になら、奇跡はいくらでもありそうだなとか思うのです<br />
地球がスノーボールアースを超えて、進化した生物を生み出したのだって奇跡ですよね<br />
それこそが本当の奇跡なのかもしれません<br />
<br />
]]> 
    </content>
    <author>
            <name>長尾 沙紀</name>
        </author>
  </entry>
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    <id>betenoirenote.blog.shinobi.jp://entry/96</id>
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    <published>2013-10-18T02:20:17+09:00</published> 
    <updated>2013-10-18T02:20:17+09:00</updated> 
    <category term="日々徒然…" label="日々徒然…" />
    <title>足りぬが足ること</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[<br />
ほんの数時間前まで、私はなぜ、この世が完全でないかを悩んでおりました<br />
雑多だったり価値観が多様であったり良かったり悪かったり不幸だったり幸せだったり&hellip;それってなんでなんだろうと、どうしてそうなってしまうのだろうと<br />
<br />
でもなんか突如と悟りました<br />
<br />
よくいう、「足りぬが足ること」というヤツはよく聞いておりましたが、この世はまさしくそれなのだと<br />
<br />
うわあ！ビックリした！！<br />
<br />
そうなんですね<br />
いろんなモンがぶつかったりくっついたりまとまったりはなれたり<br />
そういうもの全てが、この世の完全だったんだなと<br />
<br />
たとえば一つのものを見たところで、そのときの環境や雰囲気や光線や温度や感情や、いろんなものがモザイクのように細かく細かく一つのものを現すわけで、そんな揺らいだものは真実なのかとか、そんな風に考えてたけど、それは違いました<br />
その揺らぎや、不確定なこと　「それ」こそが「それ」だったんだなと<br />
<br />
完全じゃないことが完全　究極じゃないことが究極だったのだと<br />
<br />
うわあ&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;スゲエ&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;<br />
<br />
本当にビックリしました。。。。<br />
<br />
ビックリついでにこのブログを書いてるわけなのですが、この驚きは伝わるのでしょうか(笑)<br />
<br />
すごいなあ、不完全こそが完全なんて、すごすぎるなあ<br />
<br />
この世はすごいなあ&hellip;さすがです<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
]]> 
    </content>
    <author>
            <name>長尾 沙紀</name>
        </author>
  </entry>
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    <id>betenoirenote.blog.shinobi.jp://entry/95</id>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://betenoirenote.blog.shinobi.jp/%E6%97%A5%E3%80%85%E5%BE%92%E7%84%B6%E2%80%A6/%E5%9C%A7%E5%80%92%E7%9A%84%E3%81%AA%E6%89%8D%E8%83%BD" />
    <published>2013-09-06T00:15:58+09:00</published> 
    <updated>2013-09-06T00:15:58+09:00</updated> 
    <category term="日々徒然…" label="日々徒然…" />
    <title>圧倒的な才能</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[<br />
今日はチャリティーコンサートに行って来ました<br />
<br />
そこに出演されていたのが、グラミー賞をとったことのあるアーティストだったのですが、本当に本当にすんごく歌が何しろ上手くて<br />
「なんだこれ？！！うわ、すごい！アホみたいに歌が上手い！！」<br />
って思いました<br />
<br />
あれはもう、常人を越えてる&hellip;&hellip;圧倒的な才能ってアレだなと思いました<br />
天から与えられた才能って、ああいうのを言うんだろうな&hellip;<br />
<br />
プロの歌手のコンサートに行ったことはモチロンありますが、今まで感じていたのは<br />
「一番良い音を収録してるＣＤと、生で同じに歌が歌えるのってすごいな、これがプロなのか～」<br />
ってくらいにしか感想を持ったことがなかったのでした&hellip;<br />
<br />
でもホントにすごいってのは、そういうんじゃないんですね<br />
なんかもう、圧倒的にスゴイんです<br />
いい声とかそういう単純な話でなく、なんか、もう、声だけど、楽器みたいな、表現としての音で<br />
よく音楽は良いものを聴いた方が良いっていうけど、ホントそうだなと思いました<br />
なんか、ホントにスゴイものを聴けたし、スゴイパフォーマンスを見られたんだなと思いました<br />
<br />
やっぱり芸術ってスゴイです<br />
<br />
スゴイ<br />
<br />
絶対人に必要なものだと感じました<br />
<br />
そして、それだけの才能がある人がチャリティーをしてるということもまた、感動しました<br />
天から与えられた才能を、貧困に苦しむ人を救うために使う<br />
<br />
天から与えられて、人から認められ、巨額のお金を手にしても、なかなかそういう方向に向わない人もいるであろうに&hellip;でももし神様とかがいたなら、自分の与えた才能で他人を助けようとするその人を、嬉しく、いとおしく思うんじゃないかなと思いました<br />
<br />
そして、その人ももし、巨万の富を手に入れても心がすさんでしまうくらい孤独だったとしても、そうして人を助けられたり出来たら、自分の才能を、別の形で人のために活かすことができて幸せなんだろうなと思いました<br />
<br />
すごいなあ<br />
<br />
あんまり音楽のこととかわからないのですが、ホントに感動できました<br />
グラミー賞ってハンパないなって思いました<br />
<br />
すごいなあ<br />
<br />
芸術ってやっぱり素晴らしいなあ<br />
<br />
<br />
]]> 
    </content>
    <author>
            <name>長尾 沙紀</name>
        </author>
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    <id>betenoirenote.blog.shinobi.jp://entry/94</id>
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    <published>2013-08-11T00:02:58+09:00</published> 
    <updated>2013-08-11T00:02:58+09:00</updated> 
    <category term="日々徒然…" label="日々徒然…" />
    <title>実はコミケに出ます</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[<br />
日曜日　西－り２１ａです<br />
<br />
参加します<br />
<br />
何も出来てませんorz<br />
<br />
<br />
ですが絵を描くと楽しいです<br />
<br />
なら描けよと<br />
<br />
ゴメンナサイ<br />
<br />
]]> 
    </content>
    <author>
            <name>長尾 沙紀</name>
        </author>
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    <id>betenoirenote.blog.shinobi.jp://entry/93</id>
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    <published>2013-04-01T12:33:45+09:00</published> 
    <updated>2013-04-01T12:33:45+09:00</updated> 
    <category term="日々徒然…" label="日々徒然…" />
    <title>振り返らないのは天才の所業か</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[<br />
先日、無料券を頂いて、森美術館に行ってきました<br />
現代アート展でした<br />
<br />
現代アートってすごくこう…私にとってはいろんな意味で「難しいもんじゃないのかなあ」と思ってしまうものです<br />
元々オブジェはゴミに近いものだと思ってるので（怒られるよ）<br />
<br />
いや、そういう、ディスってるわけではなくて、生け花に近いと思うんですよ<br />
その会場のその瞬間にあるものという、「作品」だと<br />
<br />
あと、手で描いた以外の絵、道具の…なんというか…自然のしぶきとかを利用したような作品ってのは…なんつうか…<br />
<br />
個人的な好みとしては、もっと、その作者しか描けないような絵とかの方が好きです<br />
だって自然物が美しかったりすばらしかったりすることは、個人個人が楽しめばいいものであって、ソレを切り取って「これは自分の作品です」っていうのってなんとも不思議な気持ちがするんです<br />
「私はこれがいいと思います」<br />
は、たしかにそういう主張があるのはいいと思うんですけど、それって作品じゃなくて主張だよねと<br />
<br />
<br />
「芸術作品」と「主張」ってのはなんか違うんではないかと最近思うようになりまして<br />
芸術は懐が深いので、なんでもかんでも「芸術」として貪欲にそれを受け入れる傾向があるわけですが<br />
でもやっぱりその中でもいろんな細分化された流派みたいなものがあるような<br />
<br />
絵とか二次元のものってのは、音楽と違って意外と人は鈍感だと思うんですよね<br />
音だと、大きな音で不協和音とか流されたら人によっては明らかに「不快」と感じることもあるのでしょうけど、絵だとそれが「快」であるか「不快」であるか、結構人は気付かないんじゃないかと<br />
だから芸術って難しいし、だからこそ、不快なものまでも受け入れられるという懐の深さが出てくるのだということは解るのですが、でもそれは「不快」なものであって「快」とは違うんだという認識はやはり必要な気がするのです<br />
<br />
それを踏まえてないと、せっかくの芸術の堪能にならない気がして…<br />
<br />
で人を「不快」にさせる芸術というか…これはパフォーマンスに近い気がするんですけど、これってどうなんだろうと「不快にさせるのが楽しい」とか「不快にさせたい」とかってなんなんだろう<br />
<br />
私はどちらかというと「不快になりたくない」人間なので<br />
そういう人間はそういうもののそばに寄る必要はまったくないのだろうなあと思います<br />
それでいいんだと思います<br />
<br />
面白いですよね<br />
<br />
で、これは、やはり「芸術作品」かといわれると、やはりまた、違うのだと思う<br />
それは作者の「主張」だよね<br />
主義主張なので「合う」「合わない」があるのは当然<br />
なので、イマイチだとおもったらもう、それは見なくて良いのでしょう<br />
<br />
話戻りまして<br />
<br />
今回の展示の作者さんはたぶん技術的には絵を描いたりするのが得意なタイプの人なんだと思いましたが<br />
<br />
まあ<br />
<br />
そんな感じで<br />
<br />
作り散らかすのが天才の所業なのかといわれたら、どうなのかなと<br />
<br />
一つの才能かもしれないけど、それは天才ではないんじゃないかと思ったりして…<br />
<br />
]]> 
    </content>
    <author>
            <name>長尾 沙紀</name>
        </author>
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    <id>betenoirenote.blog.shinobi.jp://entry/92</id>
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    <published>2012-12-16T14:51:06+09:00</published> 
    <updated>2012-12-16T14:51:06+09:00</updated> 
    <category term="物語をかくにあたって" label="物語をかくにあたって" />
    <title>ファッション</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[<br />
事実は小説より奇なり<br />
<br />
でしたっけ<br />
<br />
東日本大震災から一年半以上経ちましたが、なんと申しますか、現実におけるの破壊とか惨劇とかそういうものを、見てしまってからというもの、なんかそれ以前から時としてあった風潮といいますか、やたらマンガやアニメとかで破壊シーン等あるのを見ると、なんと申しますか<br />
<br />
どう解釈すべきかと考えてしまう時があります<br />
<br />
悲惨なものとかそういうものを描くことというのは、なんというか、これ機械的に描くか、本当にそれが惨劇だと伝えるために描くとかそういう「作業としての感覚」や「製作の意図」というものがあってこそのその「作品」なので<br />
なんつうか<br />
<br />
先日、とあるアニメを見てまして、そしたらスゴイ物理的攻撃力の高いキャラが街中で暴れるシーンがありまして<br />
<br />
そのキャラが（とりあえず現時点で）意味もなく町を破壊するシーンを眺めていたら<br />
<br />
「これってなんか…微妙だなあ」としみじみいたしました<br />
<br />
意味なく町並みが破壊され、まあ子供向けですから人は死なないんでしょうけど、でもモノならいくらでも壊していいってのも良く考えたらへんな話だよなあ…と<br />
<br />
かく言う自分にもちゃんと中学の頃とか子供の頃とか、そういったものを楽しんでた時代もありましたよ<br />
<br />
でも今ほどにＣＧとかの演算能力とか高くなかったから、そんなにバカスカ都市やらを破壊する映像とかはなかったかな<br />
<br />
大人になってそういうものを見ると思うのです<br />
「そんなに世間の人たちは皆、いろんなもんをぶっ壊したいのだろうか」と<br />
現代人はストレスでも溜まってるんですかねえ<br />
<br />
その「破壊」にたいして激しい主張なき作品におけるそういったシーンてのはすでに「ファッション破壊」なのかなとか<br />
ファッション破壊だったらちょっと見るのはやだなあと個人的に思います<br />
<br />
現実にはできないからこそのフィクションなんじゃないのかと仰られるかたもいるかと思いますが<br />
もちろんそうなんですけど<br />
フィクションってのは現実があってはじめてのフィクションなので、せっかくモノを破壊するなら「破壊」とは何たるかを多少なりとも感じるくらいの…なんと申しますか、「重き」があった方がいいんじゃないのかなとか<br />
<br />
個人的意見ですけれど<br />
<br />
血も出そうにないキャラから血が流れても、あんまり痛そうじゃない<br />
そしたらその痛みはないものなのか<br />
やっぱり「ファッション流血」なんですかね<br />
<br />
今の時代は先ほど書いたように、ＣＧとかの技術が進んでこういう表現がセットを組むよりも多少なりとも安価で製作できるようになってるから、多いだけで、昔からこういうものを作りたいという気持ちを持った人たちは結構いたのかもしれないので、時代の問題もまた、そういう点では意味をなさないのかも<br />
<br />
その「リアリティがないって部分こそがいいんじゃないか」という考え方もあるのですけれど、どんな作品も受け取り手は、自分達（現実の人間）なのでね<br />
<br />
興味深いところです<br />
<br />
<br />
大人になるといろんなことを考えるんだなと、最近になって思うようになりました<br />
<br />
単純な物理的破壊だけでなく、いろんなことが、表現方法としてこれからいろいろ出てきたらいいなあと思います<br />
<br />
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    </content>
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            <name>長尾 沙紀</name>
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